華やかなデビュー
高校卒業後エレベーター会社に勤めるが退職し、1969年7月、桂小文枝(後の5代目桂文枝)に入門。一門では2番弟子となる。往年の人気番組毎日放送「ヤングおー!おー!」では弟弟子の桂文珍、月亭八方、林家小染(先代、故人)と共に「ザ・パンダ」として活躍。兄弟子三枝に次ぐ2番弟子で、要領の悪いところから「うっかり」と呼ばれ、最もかわいがられた愛弟子として知られる。芸名は苗字の立入から引っ掛けて「なんや立入禁止みたいやな。」と小文枝がきん枝と命名。
[編集]度重なるトラブル・破門宣告・休業・サラリーマン生活
私生活でもトラブルを起こしてしまった事もある。LSD疑惑、無免許運転の過ちを犯し、そして、1983年に18歳未満の女子と夜間連れ添って歩いていたところを警察官に見つかり逮捕されるという事件(俗称「横浜ニャンニャン事件」。今で言う援助交際疑惑)を起こしたため、小文枝が激怒し小文枝から破門宣告(※)を受け、当時レギュラーの「プロポーズ大作戦」も降板、所属の吉本興業からも無期限謹慎処分も受けた。その為、1年間落語家を辞め芸能界を休業、サラリーマン(当時、FRIDAYに千里丘?山科を電車で通勤する姿が掲載された。)生活を余儀なくされる。